ともきんぐだむ

主にゲームやアニメなどの話題について、その時、考えたことを書きます。

【悲恋ファイル7】叶わぬ想いに生涯を捧ぐ 神白水菜萌(『ATRI-Dear My Memory-』)

悲恋ファイルとは、古今東西の創作物に登場する負けヒロイン・当て馬男子について、重度の悲恋フェチである筆者が語りまくる記事です。普通にネタバレするので注意。

 

このキャラクターは悲恋キャラクターとして扱うべきか否か。

非常に意見の分かれるところだと思いますし、自分でも結論は出ていません。

ですが、この作品は、キャラクターは極めて特殊な立ち位置を持つ存在として強く印象に残ったので、書くこととしました。

 

先日、Nintendo SwitchにてATRI-Dear My Memory-をクリアしました。

atri-mdm.com

ANIPLEXがこのご時世に敢えてコンシューマーで新規参入したノベルゲームの一つ。

ゲームとしては、ルート分岐はほとんどなく、グッドエンド・バッドエンドがひとつずつと、そしてグッドエンド後の後日談を描いたトゥルーエンドの合計3個のエンディングで構成される、シンプルな構成のノベルゲームです。

 

地上が水没し緩やかに滅びゆく世界を舞台に、少年がロボットの少女とひと夏の時を過ごすというボーイミーツガールストーリー。

優秀な頭脳を持ちながらも、周囲とそりが合わずやがて学院を追い出されることになった少年斑鳩夏生が、祖母の遺したアトリというアンドロイドに出会います。

学校へと向かう彼女きっかけに、同年代の仲間とも交流が広がり、心を閉ざしていた夏生は変わっていきます。

そして、夏生はアトリに恋をします――それがたとえ心を知らないアンドロイドであったとしても。

ロボットであるアトリはその感情を理解してはおらず、ただ相手の望む反応をトレースしているだけ――のはずでしたが、紆余曲折あってアトリは自分の気持ちを自覚し、夏生と両想いになります。

しかし、アトリには寿命が設定されており、終わりの時が近づいていました。

そんなアトリに遺された役目は、祖母が世界を救うために残した人工島の管理者でした。管理者になれば、アトリは消滅を免れますが、その自我は消えてしまいます。

世界か少女かという究極の二択。

少年は、残り1日しかない寿命のアトリエを眠らせ、未来のためにアトリのために、世界を救う研究をして生きていく決断をしました。

単に世界か少女かを選ぶのではない。選択の中に希望を見出して進むのだという力強いメッセージが感じられる、悲観的な世界観とは真逆の、希望に満ちた温かみのある作品でした。

 

というのが大まかなあらすじ。

 

今回、紹介したいのはサブヒロインである神白水菜萌(かみしろみなも)さんです。

市長の娘であり、夏生とは幼い頃に一度であったことのある幼馴染の関係。

幼馴染という部分はそこまで重要ではなく、普通のクラスメートという性質の強い家庭的で少しドジな女の子。

境遇が特殊なアトリに対して、徹底的なまでに普通の女の子です。

ルート分岐がないため、攻略キャラではない純然たるサブヒロインと言えるでしょう。

水菜萌は夏生にほのかな想いを寄せていきますが、彼の心の中にはアトリがいました。

そんな負けヒロインまっしぐらとも言えるような子ですが……

 

水菜萌は、夏生と結婚します。

夏生の心の中にアトリがいることを全部理解したうえで。

 

アトリは先述の通り、人工島の管理者となるために消えてしまいます。

ですが、その直前のお別れ会にてアトリは夏生のことを水菜萌に託します。

「夏生さんは誰かが支えないといけない人だから。水菜萌になら任せられるのです」

水菜萌はそんなアトリの願いを真剣な顔つきで受け取りました。

 

そうして、水菜萌はアカデミーへと戻り世界を救う研究をする夏生に寄り添い続け、やがて結婚し、子供や孫に囲まれながら余生を迎えます。

 

そして、最後の日。

夏生と水菜萌は、エデンと呼ばれた初代人工島――アトリの眠る島――がその役目を終え海に沈められるニュースを耳にしました。

病に侵されていた夏生は、自らの意思を電脳化してアトリの下へと向かいます。

最後の一日を二人で過ごすために。

 

60年間添い遂げた妻ではなく、自身の原点にいる少女と最後の時を過ごす。

それが残酷な宣告であることは夏生も理解していたのでしょう。

珍しく彼女を名前で呼びながら、これまでの日々に感謝を告げます。

水菜萌はそんな夏生を嫌な顔一つせず、笑顔で送り出します。

「ずっと夏生さんの心にはあの子がいたことは知っていた」と言いながら。

 

水菜萌は夏生とアトリのことを誰よりも愛し、理解してきました。

夏生のことはいつも気にかけ、得意の料理を嬉しそうに振る舞ってきました。

アトリが自らの恋愛感情が理解できず困っている時は、自分の気持ちを押し込めながら、親身になって相談に乗りました。

大好きな二人だからこそ祝福しなきゃと、穏やかなほほえみを浮かべてきました。

 

そして、アトリと別れて数十年。

最後の瞬間までその笑顔を絶やすことはありませんでした。

 

水菜萌というキャラクターはほとんど描写がなされないキャラクターです。

結局のところ、その内に眠る感情については一切手掛かりがありません。

どんな葛藤があって二人を見送ることにしたのか、そもそも葛藤があったのかということすら、描かれないのです。

ただ、彼女は全てを理解した上で、夏生を見送った。その事実があるのみです。

 

ある意味では、物語の舞台装置であり、都合のいい存在ともいえるでしょう。

それほどまでに、徹底的に彼女の内面については触れられていません。まるで気にするなと言わんばかりに。

実際、彼女に踏み込んでしまうと、話の焦点がぼやけてしまいますので、致し方ない面があるのでしょう。

神白水菜萌という存在は必要だったが、それでも彼女という存在には踏み込まなくていいという制作側の意図の反映なのかもしれません。

 

 

なので、彼女を負けヒロインと呼ぶかは非常に解釈の分かれるところだと思います

だからこそ、私は彼女の境遇に、「あなたの心にずっとあの子がいること、知っていましたよ」というセリフに、全てをわかっていると言わんばかりの優しい背中に。

想いを馳せざるを得ないのです。